小説「銀の匙」に登場する女性たち

f:id:anzudou:20210313094748j:plain中勘助著「銀の匙」を読んだことはありますか?今から約130年前、まだ東京都心部に自然が豊かに残っていた頃の作者の自伝的小説といわれています。今回はそこに登場する女性たちの有り様を少し覗いてみたいと思います。
作品中に登場する主な女性は

伯母さん
母親
姉と妹たち
花売りのばあや

伯母さんは主人公が生まれたときには、コレラで夫を亡くし自身の子はないまま寡婦となって、主人公の家で同居していました。
この頃と現代に通じるのは、男女とも7,8歳になる歳に小学校へ通うようになっていること。成人して子どもを産むか産まないかはそれぞれの歩む人生によってそれぞれであること。
現代と決定的に違うのは伯母さんの世代は小学校へ通う人が少なかっただろうことです。近代的な学校制度のはじまりは1872年の学制が設かれて以降なので、この年には伯母さんはすでに成人していたと思われます。よって四角い字(漢字)が読めない。でもひょうきんな伯母さんは、百人一首を全て覚えていて、驚くほど博聞強記で話の種を無尽蔵にもっていたそうです。私など百人一首は数えるほどのおはこを覚えていているにすぎません。起承転結を暗記していて面白く語れる話などありません。短い絵本を読み聞かせるにしても、字づらを目で追ってしまいます。この伯母さんが実は特別に才能があったのか?それとも小学校へ通って読み書きを習わなかったゆえに習得した能力なのか。どちらでしょう。この点は大変興味深いのですが、高校全入時代の日本では比較は難しいですね。現在でも小学校入学前の年頃の子どもは見たものをそのまま覚える能力が大人より長けていることはよく観察されますね。
現在の日本のすごいところは、医療の進歩、充実と国民皆年金制度だと思います。伯母さんのころはどちらも今よりはるかに整っていないかわりに相互扶助のしくみが機能していて、晩年は知人の空き家に一人住み込み死を迎えます。主人公が16歳のときにすっかり視力の衰えた伯母さんとの再会は大変胸をうちます。阿弥陀様を敬虔に信心していた伯母さんは、きっと死を過渡に恐れずに静かに息をひきとったことでしょう。
現在の日本では女性をとりまく環境が大変変化が激しいです。伯母さんの頃とくらべると格段に人生の選択肢は広がりました。でも注意深くしていないとその自由が奪われる危うさは続いていると思います。星の数ほどの名もなき女性たちがどのように生きてきたか。もっと知る機会が必要です。そしてこれからを生きる若い女性たちは、それぞれの最善の生き方を見つけていってほしいと思います。